2017/05/11

僕のHoops 、希望・あきらめ・自己憐憫

このエントリーをはてなブックマークに追加


















It's so cool.
あきらめと希望、そして悲しみ、それらが混ざり合った感情。僕らは傷ついてむくれてあきらめて、仕方がないから前を向いて、でも忘れることは出来なくてどこかずっと引きずっている。心はまるでマーブル模様のようにその時々で違った面が顔を出し、静かに緩やかにかき混ぜられていく。

Hoopsの音楽はとても格好いい。心地の良い絶望、村上春樹の海辺のカフカ的なそれを嫌う向きもあるかもしれないけれど、でも僕には染み渡るように入ってくる。いじらしい自己憐憫のサウンドトラック、シャレにならない事態じゃないし、どうにもならないわけでもない、だけど僕らは傷つき涙を流し、記憶をたどって良かった時を思い出したりもする。


Hoops - "On Top" (Official Video)


頭を抱えて天井を見つめ、今が最悪な時じゃないって安心する。でもだからといって悪くないわけでもない、極端に走らない感情、ゆっくりと静かに沈み込み歩みを進めるオフビートの走馬燈、それはお洒落で格好良くそうしてとても気持ちが良い。

でも、今だって決して悪いわけじゃないだろう?

思い描いていた未来は消え去り、残された現実を眺めて言う。 Routinesとはつまり日々の生活でそれは最高ではなくともそう悪いものでもない。どこかで折り合いをつけなければいけないけれど……でもやっぱりあきらめきれない、何かを失ったという事実を引きずる毎日、そんな人生のサウンドトラック。

これは傑作。どうして1stアルバムにしてこんなにも傷ついているのかはわからないけれど、Hoopsは素晴らしいアルバムを作ったと思う。EPの時から決してお洒落なだけじゃないって信じていたけど、本当に良かった。

でも人生ってそう悪いものでもないだろ?

悲しみに心を支配されないで、かといって感情を無視することもしない、今だってきっと良い部分がたくさんあるはずで……。

でも生きているって悪くないなって思えるだろ?

僕らはそれを繰り返す。そうしてひっくり返してもう一度。これは素晴らしいレコードだって僕はそう思う。これは本当に素晴らしいとそう思う。





2017/04/29

世界は春で、僕はPhoenixを聞いて、The Strokesを見た

このエントリーをはてなブックマークに追加




世界は春で、僕はPhoenixが聞きたくて、そうして気がついたらアナログを買っていた
やはりこのアルバムは名盤。まぁタイトルからしてそうだろうって感じだけれど(Wolfgang Amadeus Phoenixだなんて、まぁ素敵)。


Phoenixもちろん格好良くてお洒落だけれど(このジャケットを見たかい?)、でもそれを見せびらかしたり主張していない感じがして好き。格好良くあることを目的としているんじゃなくて結果そうなっているんじゃないかってところが好き。この絶妙な抜け感、そこが本当に素晴らしいんだって!




「Phoenixってあれだろ?ファッション誌とかによく載っていそうなやつだろ?どうもお洒落の象徴になってる感じがして気にくわねぇな。これさえ挙げておけばOKみたいな。それで自分もお洒落ピーポーの仲間入りができるって思っているんだろう?」

そう言うのもわかるしそんな音楽だってたくさんあるけれど、でもPhoenixはだけは別、って言いたくなるような特別感がここにはある。だってお洒落だって主張していないんだもの、結果そうなっているだけで(と僕には思える)。だからお洒落な音楽ですよって言うところだけを強調した日本の広告戦略は好きじゃない。それはウェス・アンダーソンの映画でも似たような事を思っていて……でもそれで正しいんだろうけれどさ。

まぁいい、とにかく見よう、天才マックスの世界(Rushmore)!
聞こう、The Creation!




Yes、ジェイソン・シュワルツマン!!

はっきりしているのは、Phoenixのヴォーカル、トーマス・マーズの奥さんがソフィア・コッポラでソフィア・コッポラはジェイソン・シュワルツマンのいとこで、彼はウェス・アンダーソンの映画によく出ていてやっぱり世界は繋がっていて、ソフィア・コッポラの兄のロマン・コッポラ(つまりフランシス・フォード・コッポラの息子だろ?)の撮ったThe StrokesのビデオがThe Strokes史上一番格好いいビデオであるってこと。

頭がこんがらがって、ぶっ飛んでしまう前にまずはこのビデオを見るべき。飛ぶ前に見よ!



結局、格好良いものは格好良くて、良い音楽は良い音楽でお洒落なものはお洒落なもので、自分の好きなものをファッションアイテムにして欲しくないなってそれだけなんだけれど、でも格好良いからファッションアイテムになるわけで……あぁ難しい。
だけどやっぱり名前を挙げておけばいいっていう風にはならないで欲しい。

何かを利用し利用される、世の中ってそんなものかもしれないけれど、良いって思った音楽や映画を素直に良いって言えるそんな環境が少しは欲しい。春なんだし、革命だよって僕は言う。







2017/04/23

負けた日に聞くトップ・ファイブ・リスト

このエントリーをはてなブックマークに追加




なぜ?なにがいけなかったんだ?どうして、だけど、もし、だとしたら、次々と浮かぶ後悔と疑念の言葉の数々、選ばれなかった選択肢、消えてしまった未来、台無しになった一日、お気に入りのチームが大事な試合に負けた日(しかし大事な試合とはいったいなんなんだろう?)僕はやっぱり落ち込む。

そうして同時に考える、今この瞬間にあの曲を聞いたらとても気持ちが良いんだろうな、そうしてダメになっていく、負けた日に聞くトップ・ファイブ・リスト(ニック・ホーンビィのハイフィディリティはいったい何人こんな人間を作り上げたのか?でも単に現象に名前を授けただけなのかも知れない)。


1. Elliott Smith - Everything Means Nothing To Me


その瞬間に僕の心を支配する感情は怒りではではない虚無だ。大事なものを失ってしまったことに対する喪失感(そもそも失ってしまったという考えが出て来ることがおかしいのだけど)、慰めの言葉や良かったポイントを解説する声も何の意味ももたらさない。ため息と時間だけがその傷を癒やす為の薬で、それは半ば自暴自棄になったElliott Smithが与えてくれる。しかしもちろんこの行為も何の意味ももたらさない。


2. Shocking Pinks - Not Gambling





そうして僕は考える、選ばれなかった選択肢についてだ。傷口をぐりぐりといたぶるような自傷行為。もうどうしようもならないのに、どうにかなった場合のことを考える。あきらめきれないあきらめ、うまくいかなかったけれどでもあれは正しかったんだとそうやって自分を納得させる。Not Gambling、今となってはどうとでも言えるけれど……たどり着けない答えに感じる孤独。


3.Beck − Everybody's Gotta Learn Sometime




深まる孤独。しかし心は落ち着いて次第に未来を見据えるようなる。我々はこの経験に学ばなければならない、インタビューに答えるそんな監督の言葉だって聞こえて来る。こんな日だってあるしこうなってしまった原因だってある。それを探し続けることが大事だけれど、今の僕らには立ち直るための愛が必要だ。


4. Metronomy - On Dancefloors


この気持ちわかるかい?泣いたらちょっとすっきりしたよ。あきらめたことで手にした希望。後ろは向いてはいてもそこに残った可能性を探している。これを糧にしてここから多くを……台無しになってしまった一日を立て直す為に踏み込むステップ。それはあきらめによってもたらされる。それはきっと未来の為のあきらめ。


5. Lowell - The Bells




今の僕には癒やしが必要なんだ。頭のおかしいベルトーチカ、とち狂ってお友達になりにくるカテジナ、癒やしはやはり女性によってもたらされ(くやしいけど、僕は男なんだな)、ビートがありバウンスがあってベルが鳴る。それこそが希望、立ち直るきっかけ。傷ついた心は傷跡を残しつつも次第にふさがっていき、そうして次の試合がやってくる。何の意味もないけど僕はそこになにかを感じる。繰り返しのビートに意味を求め感じる行為、それがきっと……。









2017/04/13

優しい幻と宇宙の緩やかな崩壊 〜Everywhere At The End Of Time Stage 2〜

このエントリーをはてなブックマークに追加


















優しい悲哀、少しずつ緩やかに崩れ落ちていく。


Everywhere At The End Of Time Stage 2、それはまるで良く出来た映画の続編のようでもSFモノのバンドデシネの新しいチャプターを読んでいるかのようでもあって……。このStage 2はStage 1と同じように古い映画音楽みたいな曲が多いけれど、ストーリーが一歩先に進んで前作と地続きのようでありながら伝わってくる感触がまた少し違う。穏やかな崩壊、Stage 2から感じたのはそんなイメージ。
The Caretakerの音楽はまたしても僕の頭の中のなにかを揺さぶってくる。


見たこともない景色、行ったことのない場所、誰かの呼ぶ声、心に感じるのはもうよく知っているかのような不可思議なノスタルジア。頭の奥底に沈んだ前世の記憶、見知らぬ星の思い出、いくつもの景色が浮かんでは消えていく。僕は馬車に揺られて旅をしている、白くまぶしい暖かい光を浴びて揺さぶられ、かって知ったる知らない場所へとたどり着く。

他人の記憶は自分の記憶、そしていつしかその境目が曖昧にになっていって……。優しさで充たされている場所、白い柔らかな光を浴びて、目を細め忘れてしまった夢の続きを垣間見る。そうして浮遊する魂、足元はおぼつかないし、そもそも足がついているかどうかも怪しいものだ。優しい音に導かれ風に乗り運ばれるようにして……存在の希薄さ、頼りない肉体の境界線、ふわふわと揺れる空気に漂って、時代も場所も越えたところ……頭の中にはもうひとつ宇宙がある。そうじゃなければこの記憶はなんなんだ?

優しい幻、不確かな核心、どこにもたどり着かないようでいて、かってそこにあったであろう故郷へとたどり着く。知らない時、知らない場所、知らない記憶のノスタルジア。それは静かに優しく崩れ落ちていく。暴力性のない緩やかな崩壊、あるいはそれが朽ちていくということなのかもしれない。



The Caretaker - Everywhere at the end of time  Stage 2


これは本当に素晴らしくて……なんて言っていいかわからないけど、聞いている最中は穏やかな感情の波に支配されて上手く筋道を立てて考えられなくなってしまう。頭の中に知らない誰かの思い出が流れ込んで来るような感じで、ぼんやりとしたぼやけた映像が浮かび穏やかに緩やかになでられるようにして心が揺さぶられ、ぼうっとした時間を過ごしていく。それは決して嫌な感じではなくて、安らぎと言ってもいいような気がするけれど、だけどそれは達観したあきらめなのかもしれないってそんな風にも思えてしまう。

こんなジャンルの音楽をなんて言ったら良いんだろう?エクスペリメンタル?そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。ネイティブアメリカンの逸話に出て来るような魂の解放はもしかしたらこんな感覚なんじゃないだろうかってそんな気さえする。

宇宙はわれわれひとりひとりのなかにある もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

そんなだいそれたものではないって言われてしまうかもしれないけれど、でもこの音楽を聞いているとやっぱりなんだかそんな気がしてきてしまう。

Stage 2、宇宙はまだ消えてはいない。
死はなく生きる世界が変わるだけだ そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。








2017/03/30

About a Boy 〜ぼくにきみにラメラにエリック〜

このエントリーをはてなブックマークに追加




ラメラの復帰は来シーズン以降に持ち越し、そのニュースを聞いた時、僕は少し悲しくなったしなんとも言えない気分になった。突然怪我に見舞われたってわけじゃないから大きなショックはなかったけれど、じんわりとしたやるせなさが心に染みこむように広がっていった。

これは僕が考える事じゃないし言っても仕方がないことだけど、現実的な話、ラメラの離脱がここまで長くなると代わりの選手を探し始めなければならないかもしれない。
それはラメラへの信頼がとか見切りをつけたとかそういう話じゃなくて(いやでも究極的にはそういう話なのかもしれない)、ここまで実戦から遠ざかった選手をいきなり計算に入れるのは怖すぎるって話だ。来シーズンもCLに出てくれると信じているし、出たとして2年連続でグループステージで敗退したくない。もしそんなことになったとしたら今シーズン以上の屈辱感を味わわされることだろうし(屈辱という言葉が出て来ること自体がおこがましいと思うような事態になっているかもしれない)、きっとポチェにもヨーロッパで勝てない監督という不名誉なレッテルが貼られてしまうことだろう。でも、それより何より借りを返したいという思いが強いはずだ。ファンも選手もクラブも監督もみんながみんなそう思っている、だからとにかくしっかりとした準備をして臨みたい。

これではまるで適切な準備が出来ていなかったからグループステージで敗退したみたいに聞こえるって?もちろんそれだけではないけれど、ケインを欠きトビーもいない試合がいくつかあってキチンとした代役だったりプランBを用意することが出来なかったっていうのは大きな要因だったんじゃないか(加えて広いピッチ、ウェンブリーに対してのプランBも必要だったのかもしれない)。

それを繰り返したくたくはない。だからケインのバックアッパーとしての若いストライカーかローンでのベテラン(残念だけどヤンセンも計算にいれるのは不安だっていうのが現状だろう。いざという時のバックアッパーなのに使えるかどうかわからないのは怖すぎる。スペアのスペアが必要な状態だ。移籍市場の進み具合で、もし大物が取れそうならばヤンセンを売ることも考えるかもしれない。大丈夫だって太鼓判が押されて欲しいけれど……)に次いでラメラの代わりを務められる二列目の選手の優先順位は高いんじゃないだろうか?

要は一列目も二列目もできる選手って毎年のように狙っている選手なのかもしれないけれど、でもラメラみたいにボールを運べてラストパスを出せて守備に奔走する選手はなかなかいない。




あぁラメラ、失意の一年目に失ったファンの信頼を自らのプレイで取り戻した姿は感動的だった。ブーイングばかりだったのにラメラならなんとかしてくれるって期待感を持って拍手でピッチに送り出されるまでになるんだもの。そんなシーンを見せられて、あんなにテクニックがある選手がこんなにも走るんだぜ?ってもうすっかり好きな選手になっていた。

でもだけど、怪我に加えプライベートでも色々あったし、完全復活には並大抵じゃない努力が必要だってことも事実なわけで……最大限のサポートはしてもプロとして判断を下さなきゃいけないこともあるのかもしれない。

例えばの話、給与的に獲れるかどうかわからないけど、イスコみたいな選手が市場に出たとして、ラメラがプレイできる状態にあるのなら放出を考えるかもしれないってこと(プレイできない状態なら売られもしないけれど出れもしない)。そうじゃなくてもアンテナは常に張り巡らせているだろうし、野心を持って成長しようとしているクラブがここで歩みを止めることは決してないだろうし止めてはいけない。

ポチェがラメラを見限ったなんてことはなく構想内だとも思うけれど、でも確実に優先順位は下がってしまった。信じ続けることはもちろん大事で、全てが上手くいって欲しいけれど、上手くいかなかった場合のことやより良くできる方法も考えなければならないわけで……頭の中を可能性が支配する。

大人になるってことはきっと色々と考えることなんだろうけれど、考えても考えなくても悲しいものは悲しい。それでもずっと待ち続けるけれど、心がざわつく。クラブにとって選手は駒でそうでなければいけないけれど、僕はその駒が好きで、もしかしたら愛しているかも知れない。だからこそどうなるかと結果が気になるし、できることなら経過が知りたい。愛着とプロらしさの狭間のドラマ、苦しみと呼ばれる関心事。なんでこうなったって考えても仕方がないから未来を見るけど、花粉が飛んでなくても眼がかゆい。



    
                              Badly Drawn Boy - Silent sigh




2017/03/17

Hater - You Tried 〜お気に入りのハンバーガー屋は何だか違うぜ論〜

このエントリーをはてなブックマークに追加












いい。なんだかとても、やっぱり凄く、特別だって思えるような、そんな気がするこのアルバム。

AlvvaysにAmber Arcades、つまりはオーガニックなハンバーガーショップ的なそのライン。気取らずそれでいておしゃれで、そしてしみじみといい。これだと売りにするような派手さはないけれど聞いていていいと頷いてしまうような瞬間が何度もある。だからお昼はここだと決めている、とそんなことを言って毎日通ってしまいそうな気配がある(いつでも聞いているalvvays)。

スウェーデンって言われても全然そんな気はしないけど、でもAmber Arcadesもオランダ人だしな。世界は良質なハンバーガー屋さんをを求めているのかもしれない、ハンバーグ・ハンバーグ氏の意見を求む。



 
Hater - "Had It All" (Official Audio)



Amber Arcades - Turning Light (Official Video)

インディのギターバンドなんてそれこそカフェで提供されるサンドやらバーガーやらチップスだとかと同じで、似通っていて一見どれも一緒のように思えるのだけれど、それでも何度か行くうちに好きな店と嫌いな店が出来て、次第にお気に入りの店が出来上がる。

その違いは何かと言われたら、味はもちろんだけどロケーションや店員、店の雰囲気といった居心地の良さも重要で、それが良質なメロディのバーガーを一層おいしく感じさせるんじゃないかって気がする。特別感とはそうプラスアルファ、ちょっとの違いが大きな違いでその違いこそが全てを変える。

あぁそしてやっぱりいつでも聞いているAlvvays。


Alvvays - Adult Diversion (Official Video)


Hater - "Cry Later" (Official Audio)


たぶん特別感とはこうして出来上がるんだろう。別にその店じゃなくても構わないけど、そこに行きたい聞きたいって思わせる魅力。店のロゴ入りのグッズを集めてしまったり、ポイントカードを財布に忍ばせていることで満足感を得られるようなそんなお店。誰かに紹介したいけれど、でも秘密にしてもおきたい、そんな特別感がHaterにもある気がする(Haterって名前だけど好きだぜHater)。

これは毎日通ってしまうかもしれない、そんな気配がやっぱりある。そうしてお気に入りの店員の女の子が出来上がって、その子に会うために毎日通って次第に何が目的なのかもわからなくなって、よくわからないけどなんだかこの場所が好きっていう特別感だけが残るのだろう。そんなことを繰り返して、女の子が変わって辞めて傷つき泣いて、いつかこれもいい思い出だって言えるようになるのかな?と考えすぎてそんな月9ドラマみたいな境地にたどり着いて……ってもうわけがわからない。

とにもかくにもこれは繰り返し聞いても飽きないそんなオーガニックな特別感溢れるアルバムだってそう僕は言いたい。この良さがわかるかい、ハンバーグ・ハンバーグ氏?








2017/03/09

Sleaford Modsを聞いて思うこと 〜観客席のヤジとネーミングライツ〜

このエントリーをはてなブックマークに追加



















週に百ポンド?週に百ポンド!おまえを見に来た俺のほうがもらうべきだぜ
                         
                                                  
                                                -ニック・ホーンビィ ぼくのプレミアライフ-


Sleaford Modsの音楽を聞くといつもニック・ホーンビィの本に出てきたこの言葉を思い出す。
それは新しいアルバムの曲を聞いても同じで、スタジアムでやじる観客を具現化した姿がSleaford Modsなんじゃないかって思ったりもする(いやマジで)。パブでもいいけどイングランドのフットボールファンってたぶんこんなだよな、そんな想像上のSleaford Mods、怒りを抱えそれを吐き出し、そして飲む。



Sleaford Mods - Moptop



歌詞をしっかり理解できてはいないけれど、それでも伝わる愛憎交じったこの怒り。ヒップホップのそれとはまた違う、イングランドのそれはたぶんフットボール文化と無関係じゃないんじゃないか?毎週のように俺たちをイラつかせ、傷つけ、歓喜させるモノ、暴力性とインテリジェンスの危うい調和、魔法使いのボンクラ、攻撃性の裏側に潜む弱さ、それこそThe Streetsなんかでも同じ事が言えるような気がする。直接的ではなくともその影響は少なからずあったはず。なぜならフットボールスタジアムほど市井の人々の感情が入り交じっている場所はないのだから(とぼくのプレミアライフに書いてあった)。


Don't Mug Yourself - The Streets


ヒップホップにガラージ、それぞれにはそれぞれの問題がある、地球もそうだし人間もそう。ボクにはボクの、キミにはキミの、ヒトにはヒトの……蒼井優だってきっとそう言う。





しかしSleaford Modsには一度アップトンパークかどこかの観客席でライブをやって欲しいな。観客の方が逆にピッチにいたり後を取り囲むようにしてたりするようなそんな形で。こんなのもう試合後のフットボールファンの集まりとなんら変わりがないじゃないか(動画はあえてのスパーズファン)。




アップトンパークって言えば建物自体もうないのかな?あそこのスタジアム好きだったのに。シャボン玉と相まっていかにもな下町感が出ててテレビの画面を通してみても凄いなって感動したもの。

同じようにピンチョンの逆光を読んだ時にアールズコートの観覧車からアップトンパークが見えたっていうくだりが出てきてなんだか感動したのも覚えている。19世紀末から20世紀初頭が舞台の話でアップトンパークって名前が出て来て、そういえばそんな時代からあったんだっけなって、クラブとスタジアムの歴史の重みをその言葉から感じた。

様々な思いが交錯し刻みつけられた場所っていうのはやはり特別で、言葉ひとつで魔法のように自分のそしてどこかで手に入れた他人の思い出があふれ出す。

そういう風に思っているからまぁ色々あるけど、ネーミングライツを歓迎するって強く言えないんだよね。金銭的には大歓迎なんだろうけれど、そういう重みがなくなってしまうような気がしてなんとも複雑。

例えば僕にとってはいまだにエティハド・スタジアムはシティ・オブ・マンチェスターだもの。

シティ・オブ・マンチェスター、その地で初めてスパーズがCL出場を決めた。クラウチが最後押し込んで、直接のライバルからCL権をもぎ取ったあの日の思い出。それがシティ・オブ・マンチェスターっていう名前の中に内包されているなんて思ってか思わないでか、とにかく最初に出て来るのはシティ・オブ・マンチェスターっていうその言葉。



でも数あるネーミングライツのスタジアムの中で、フクアリだけは別だって思うのはきっとフクアリが最初からフクアリとして存在していたからなんだろうな。まぁ略語だっていうのもあるんだろうけれど、途中から無理矢理変えたものじゃないっていうのが大きいんじゃないかって。もっと言えば市原だけだったホームタウンが千葉市も加えたものに拡大されたっていうのが理由なんだろう。極端なことを言えばそこでクラブの歴史が再編されたっていう感じもする。

とにかくフクアリの歴史は一から作られたものだから、その名前を否定したくなる気持ちは起きない。このあたり芸能人の改名とかの場合はどうなのかちょっと気になるけど(でもやっぱり前の慣れ親しんだ名前で呼んじゃうな)まぁいいや。


とにかく脈々と受け継がれる歴史って言うものは言葉に出て、言葉は時代の空気を表している、なんてことをSleaford Modsを聞いて思うのです。飲んでても飲んでなくてもくだを巻くその種の人たち、最高だ。



Sleaford Mods - Tied Up In Nottz